写真歴について。<第三楽章:撮り方を覚えて、憂いて、走って。注:ちょっぴりえもーしょなるでセンチな記事です。>
はじめてのポートレート。
なぜポートレート撮影をしようと思ったのか。
こんばんは、いしがみです。
前回、前々回の記事で初めてカメラに触れてからコンテストなどに出すようになるまでの話をしてきました。
今回は第二楽章の続き、ポートレートを撮ってみて、という所から振り返ってみようと思います。第三楽章はAdagioで抒情的でノスタルジックな旋律になると思います。
・・・いえ、なんでもありません、気にしないでください。^^;
気を取り直して、始めに見出しの通りなぜポートレートを撮ろうと思ったのかという事についてお話してみようと思います。
恐れていたこと。
前回僕が大学にいつもカメラを持っていた話をしましたが、この2枚はどちらも大学で友人を撮影したものです。なんのことはない写真ですが、この時僕は大学四年生、そのまま行けば来年からは社会人です。(実際はごねんs、、、)
会社勤めになれば日中のいい時間、周りには知り合いもいっぱいいて、景色も綺麗、なんて事はなかなかないわけです。
もちろん、探せばサラリーマンだらけの街にもストーリーはあって、綺麗な瞬間やなんだか染み入る景色などもあったりして別の面白さはある訳ですが、やっぱりこういう写真を撮れる環境にいるのは幸せなことだなと強く思うわけです。
恐れていたこと。
それは、綺麗な景色の中で友達や先輩後輩、色んな人が楽しそうにしている瞬間を収められなくなることでした。
広大で綺麗な景色のキャンパスの中で、本当に多様なバックグラウンドの人たちがそれぞれの主義主張を尊重し合う、そんな大学が好きだったし、そこにいるどこか不器用で繊細で、けれど純粋で芯のある人たちが好きでした。
卒業すれば通っていた時みたいにいつも近くにいるわけじゃないし、なかなか撮れなくなってしまう。
そのことに気が付いて、けれどただ憂いても駄目で、何とかしなくてはいけない、と思いました。
憂い、勢い。
そんな漠然とした憂慮をどうにかするには写真を撮れる環境を作らなくてはいけなかったわけです。もちろん、大学に居続ける、大きく道を外してみる、という選択肢もなかったわけではないですが、それでもやっぱり周りに人は少なくなるし、望む環境は得られないな、と。
そうなればこれからは自分から声をかけて撮らせてもらうより他にない、ということでポートレートを撮ってみよう、となったわけです。
今になってみればなかなか勇気ある行動だったなぁと思いますが、どうせ撮るなら身近な人より、面識はあるけどあんまり話したことない人がいいなと思って小学校の同級生に声をかけて撮らせてもらいました。
どんな撮影だったかといえば、こちらもポートレート撮るの初めて+優柔不断、相手の方も撮影のモデルをするのは初めて、という事で、まぁふらふらと歩いては撮り歩いては撮り、を繰り返す撮影でした。笑
ぎこちなさはありつつもだんだん慣れてきて普段の表情も見えてきて、なんとか成功のうちに撮影は終了しました!
その後の反響、はじまり。
はじめてのポートレート撮影を終え、Facebookにそのことを投稿してみたところ、結構反響をいただいて、その中にその後毎週のように撮影を共にすることになる某モデルの方から「今度撮ってほしい」というコメントがあり、これがまたこれまでの活動を大きく広げてくれたんですが、長くなってきたのでまた次にします。。。
おやすみなさい・・・(=_=)